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シモーヌ・ヴェイユとキリスト教
教会と全体主義
ユダヤ人であったシモーヌ・ヴェイユがカトリックを信じたのは、文字通り、神の愛が普遍的であることを信じたからである。喜びのなかにも苦しみのなかにも、さらにキリスト教徒のなかにも異教徒のなかにも神の愛があるとヴェイユは信じた。
キリスト教が普遍的(カトリック)であると信じたヴェイユにとって、それが事実としてはそうでないことは重要な問題だった。「キリスト教は建前として普遍的なのであって、事実として普遍的なのではありません」「教会はすべてを受け入れる器であるのにわたくしは教会に入れないすべてのものの方にとどまっております。わたくし自身の知性がその中に数えられるだけに、なおさらそういうものの方にとどまっております」。
友人であったペラン神父への手紙を中心に、彼女は神への愛を語ると同時に、教会がドグマの強制、知性への圧制となっていることを批判する。
「教会と国家は、是認しない行為を知性がすすめる場合にはおのおの固有のやり方で知性を罰するはずです。(略)しかしこのような理論的な思弁がどんなものであっても、教会や国家はそれらの思弁を窒息させようとしたり、そういう思弁をする人々に物質的精神的な危害を加えたりする権利はありません」。
「愛と知性に教会の言葉を規範にすることを強制しようとする場合には、教会は権力を乱用しています。この権力の乱用は神から出るものではありません。これはすべての集団が例外なく権力の乱用に向う自然の傾向から来るものです」。
「ある聖人たちは十字軍や宗教裁判を是認しました。わたくしは彼らが間違っていたと考えないわけにはゆきません。わたくしは良心の光を拒むことはできません。(略)彼らがその点では何か大変強力なものによって盲目にされていたことを、みとめなければなりません」。
ルカの福音書のなかの、この世の王国について、悪魔がキリストに言った誘惑の言葉が引用されている。「わたしはそこに結び付いているすべての権力と栄光をあなたに与えよう」。教会は、この悪魔の贈り物を受け取った。それが十字軍であり、宗教裁判であった。
教会は変わらなければならない、とヴェイユが言うとき、それはひとつの宗教、ひとつの宗派の浄化、などというのを意味するのではなかった。全体主義におおわれた20世紀半ばの世界の転換をも賭けて、言うのである。現代世界の政治の闇に、教会は歴史的に深い責任を持つと、ヴェイユは考えていた。
「全体主義であったローマ帝国の滅亡後に、ヨーロッパではじめて、13世紀に、アルビジョワ派の争いの後で全体主義の下図をつくったのは教会なのです。この木は多くの実を結びました」。
「自己」に向けても、ヴェイユは同じ刃をつきつける。「宗教は、なぐさみのみなもとであるかぎり、ほんとうの信仰の妨げになる」と言う。
そして、信仰とは、自己の救済を求めることではなく<善>を求めることでなければならないというのである。なぜなら、盲目的な救いへの欲求が権力への欲望にすりかわったところに、歴史の悲劇はあるのだから。悪魔の贈り物を受け取る危険は自己の内面に常にある。
「善と悪を見分ける基準として完璧なものは、絶え間無い内心の祈りを措いてほかにない」。
ヴェイユは、世界が<善>であることを疑わなかった。「至高の<善>は実在する」と。それゆえ、その<善>の実現を妨げている「権威」は放棄されなければならなかった。
「わたくしのことを考えるのは、わたくしの仕事ではありません。わたくしの仕事は神のことを考えることでございます」とペラン神父への手紙に書いたヴェイユの、その短い生涯の終わりの数年間のノートは、神への、熾烈な問いで埋められている。
「どうすれば、キリスト教は全体主義的であることなしにすべてをひたしきることができるのか」「ともかくも新しい宗教が必要なのである。まったく別のものとなるまでに、変化したキリスト教か、それとも別なものか」──。
(1991年執筆)
引用は『シモーヌ・ヴェーユ著作集』春秋社、『超自然的認識』勁草書房より
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